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旭川地方裁判所 昭和36年(わ)249号 判決 1961年10月14日

被告人 菊地忠男

昭一三・五・六生 造材人夫

主文

被告人を懲役二年に処し、未決勾留日数の全部を右刑に算入する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和三六年七月七日の午前零時ごろから名寄市西三条南五丁目のさつき食堂で、同僚の清水栄らと飲酒したのであるが、

第一、同日午前零時三〇分ごろ、相客の野村利行(当時二一年)が清水栄にがんをつけたと因縁をつけて、右野村を同食堂裏のうす暗い空地に連れこみ、同所において、同人に対し、「きさまなんでがんをつけるんだ。」といいざま、無抵抗の同人の顔を手拳でむちやくちやになぐりつけ、倒れた同人の顔や頭を土足で数回けりつけて、同人を失神状態に陥らせ、かつ全治までに約一週間を要する左眼窩部打撲症を負わせて傷害し、

第二、右清水栄と共謀のうえ、同日同時刻ごろ、同所において、失神状態に陥つている右野村利行が着用していた背広上下一着(時価八〇〇〇円相当)を、はぎ取つて窃取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律によると、判示第一の所為は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、判示第二の所為は刑法第二三五条第六〇条に該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により、情状の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、請般の事情ことに本件第一の罪が人を納得させるに足るなんらの理由もないのになされたものであるうえに、いかにも残忍であること、被告人には同種の前科が二犯あつて、本件もこのような被告人の凶暴な性格に起因するものと考えられることなどを考慮して、被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により未決勾留日数の全部を右刑に算入することとする。なお、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により負担させないこととする。

(判示第二の事実を窃盗罪とした理由)

検察官は、判示第二の事実を、被告人らが野村利行が失神状態に陥つたのに乗じ、その抗拒不能の状態を利用して、同人着用の背広上下一着をはぎ取つて強取したもので、強盗罪であるとしているので、この点についての当裁判所の見解を示しておくこととする。

強盗罪は、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行または脅迫を手段として、他人の財物を奪取することによつて成立する犯罪である。暴行または脅迫を手段とするというのは、ある暴行脅迫が客観的に財物奪取の前提となつているということではなく、主観的に財物奪取のための行為として暴行脅迫が行なわれるということなのである。別ないい方をすると、強盗罪が成立するためには、暴行または脅迫を加えて相手方の反抗を抑圧し、これに乗じて財物を奪取することを必要とするのである。強盗罪の法定刑が、暴行罪または脅迫罪と窃盗罪との併合罪の場合における処断刑よりも著しく重くなつているのは、単に暴行または脅迫と財物の奪取とが結合しているためではなく、右に述べたように相手方の反抗を抑圧して、あえてその財物を奪取するという行為、ことにその行為にあらわされる犯人の反社会の重大性によるものなのである。ところが本件では、被告人の検察官に対する供述調書、清水栄の検察官に対する供述調書および証人野村利行の当公判廷における供述によつてわかるように、暴行は洋服奪取の手段として行なわれたものではなく、他の理由による暴行の終了後に洋服奪取の故意を生じ、失神状態に陥つている野村の洋服をはぎ取つたというのであるから、右に述べた強盗罪の構成要件に該当しないのである。

もつとも、このことは、他の理由によつて暴行または脅迫が行なわれた場合には、常に強盗罪が成立しないということまで意味するものではない。たとえば、他の理由による暴行脅迫によつておそれをいだいているものに対し、更に暴行または脅迫を加えて財物を奪取するような場合や、他の理由による暴行脅迫行為の継続中に財物を奪取するような場合には、強盗罪の成立を認めてよいわけである。これらの場合には、さきに述べたように暴行または脅迫が財物奪取の手段となつているからである。そして、右にあげた二つの場合のうちの前者における暴行脅迫は、それ自体によつて抽象的一般的に被害者の反抗を抑圧するに足るほどのものであることは必要でなく、他の理由による暴行または脅迫による恐れの状態を前提として、そのときとところ、手段、犯人と被害者の性別年令等の具体的な事情を客観的に考察して、被害者の反抗を抑圧するに足るものであればよい。したがつてたとえば、ふるえている強姦罪の被害者の懐中に手を入れて財布を取るとか、金を出せなどと要求して金を取るような場合には、強盗罪の成立を認めてよいわけである。ところが本件は、単に失神状態に陥つている傷害罪の被害者の洋服をはぎ取つたというのであつて、このような場合にも当らないのである。そしてそれは、ちようど犯人が他の理由で人を殺し、そこを立去るに際して、ふと物欲を起して被害者が所持している時計や懐中物を取るのと変りがないのである。もつとも、人によつては、ふるえている強姦罪の被害者の懐中に手を入れて財布を取るのが強盗罪であるのであれば、失神状態に陥つている傷害罪の被害者の洋服をはぎ取るのも強盗罪ではないか、両者の違いは何かと反問されるかもしれない。たしかに一見同じようにみえないこともないが、前者においては、犯人が被害者のそばによつて、あえて財布を取ろうとすることが脅迫になり、それを手段として財布を取つているのに対し、後者においては、洋服奪取の手段としての暴行も脅迫もないのであるから、著しい差異があるのである。なお、考え方によつては、財物を奪取する行為自体を暴行としてとらえ、いずれも財物奪取の手段としての暴行があるとするものもありうるであろうが、奪取行為に必然的に伴なう程度の有形力の行使は暴行とはいえないから、このような考え方には賛成できない。仮りに、財物を奪取する行為自体を暴行と考えても、なお両者の間には重大な差異があるのである。すなわち、行為の客観面だけをとらえてみると、両者の間には差異がないようであるが、行為の主観面をみると、前者においては、それが被害者の反抗を抑圧するための行為、すなわち反抗を抑圧して財物を奪取するという手段性をもつた行為と評価されるのに反し、後者においては、被害者が失神状態に陥つており、犯人もそれを知つているのであるから、それは被害者の反抗を抑圧するための行為とはいえないし、また反抗を抑圧して財物を奪取するという手段性をもつた行為ともいえないのである。そして、行為の評価は、単にその客観面だけをとらえてすべきものではなく、主観面と客観面とを総合してすべきものであるからである。このようなわけで、両者を同一に論ずるわけにはいかないのである。このことは、産れたばかりの赤ん坊や昏睡状態に陥つている人のような事実上の意思能力のないものに対して、それを知りながら暴行や脅迫を加え、その直後に財物を奪取しても強盗罪が成立しないことを考えれば、おのずからわかることであろう。

なお、実務家のなかには、本件のような場合にも強盗罪が成立するとするものがあるので、その所見についてちよつとふれておくこととする。そのいうところは必ずしも明らかではないが、少くとも、第三者が被害者に暴行脅迫を加えて抗拒不能に陥つているのに乗じて財物を奪取するような場合にも、強盗罪が成立するとするものはないようであるから、刑法第一七八条前段に規定するような特別の構成要件を考えているものとは思われない。このことは、罪刑法定主義のたてまえからして当然のことであろう。そうなると、強盗罪が成立するのは、暴行または脅迫の犯人自身が財物を奪取する場合に限られることになり、構成要件も同法第二三六条第一項ということになるであろう。そこで問題は、同条項の解釈ということになるわけであるが、同条項は、さきに述べたように、暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによつて成立するものと解するのが、文字の意義からしても、また他の犯罪との対比上も、もつとも適切であると考えられる。その手段性がない場合もこれに当るものと解することは、厳格な解釈を要求する刑法の解釈としては、にわかに賛成することができないのである。もちろん、強姦罪について第一七八条前段のような場合があるのであれば、強盗罪についても同様な場合があつてもよいではないかという議論もありうるであろうが、それは立法論ないし感情論としてはともかくも、解釈論としては採用することができないものと考える。そればかりではない。もしこのような見解によるのであれば、強盗罪のほかに暴行や脅迫が別罪を構成することはないのであるから、暴行や脅迫の結果として傷害や傷害致死が生じたような場合でも、強盗罪のほかに傷害罪や傷害致死罪が成立する理由はなく、強盗致傷罪もしくは強盗致死罪としなければならないのではなかろうか。ところが、それが不当であることについては論者の間でも異論がないようである。本件起訴も傷害罪と強盗罪との併合罪となつており、おそらく強盗致傷罪の成立は否定されることになるのであろう。いずれにしても、このような見解には、にわかに賛成できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志)

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